1970年代まで制服のデザインはたいていの場合、学校経営者のトップダウンで決まる。生徒の思いはなかなか伝わらない。ところが、いまは違う。少子化で生徒に選ばれる学校づくりを目ざさなければならない。それは生徒が着たくなる制服を用意することにつながっていく。定員割れで廃校の危機にあった女子校が、タータンチェックのスカートへとモデルチェンジし、「かわいい」と評判が立って、入学者数はV字回復する、そして、大学進学実績も向上したというケースがいくつもあった。もちろん、そこには教育内容を充実させたことで、生徒の満足度を高め、それが後輩獲得につながった、という背景もあろう。

 制服へのこだわりとは、およそ正反対な立場で我が道を進むのが、制服自由の学校である。麻布、武蔵、女子学院、東大寺学園、灘、神戸女学院など私立中高一貫の進学校には制服がない。公立では札幌南、秋田、山形東、仙台一、戸山、西、長野、松本深志、旭丘、天王寺など、地域を代表する旧制一中クラスを引き継いだ伝統校も制服はない。

 こうした学校は自校の生徒に対する信頼度が圧倒的に高い。私服通学でもバカなかっこうはしないだろう、多少はハメを外しても大学受験の準備では元に戻ると心配していない。自由、自主自律(自立)、自治を旗印としており、実際、そのように実践する生徒が多い。名門校、進学校であるという誇りがなせる余裕ともいえる。

 さて、冒頭のオンライン授業での制服着用、感染と暑さ対策での私服通学可の読み解き方である。制服は生徒管理の機能は捨てきれない、教育の一部を制服に求める学校の昔ながらの姿勢が見られるが、これは時代に合うだろうか。一方で、制服へのこだわりをやめて生徒の健康を優先する学校が出てきた。こうした柔軟な対応は評価したい。

 制服は守備範囲が広い。高校生らしさ、管理、自由、自主、多様性、おしゃれ、健康、衛生などから多くを語ることができる。そこには母校への愛憎が浮かび上がる。だから、学校制服はおもしろい。