「おかーは(彼氏に殴られた)顔のあざを化粧でかくして出勤しよった」「おかーは殴られる時、隣の部屋に連れてかれる。殴られる音を聞くと妹が泣くわけ。そしたらなんでか、自分も涙が出るんだよ」

 ファミレスで聞いた姉の話と表情がよみがえった。痛みをこらえて仕事に向かった母の姿を、その母を見送った姉妹を、暴力の中で暮らす母娘の日常を思った。

「もう、見なかったことにはできない」。そう思った。自分なりに子どもたちと向き合おうと覚悟を決めた。カバンからノートを取り出す。姉の言葉を記した箇所を開いて、余白に矢印を引き、目の前の光景を書きとめた。

「ドアチェーン、鎖こわれぶらさがる せんぷうき 網のとこへこみ、床にころがる」

 その姉妹以外にも、取材でつながった子どもたちの多くがさまざまな暴力にさらされていた。彼らがどんな痛みや思いを抱えて生きているのか伝えたいと思い、取材を続けたが、子どもたちの痛ましい話を記事に書くことで、読者が親への非難を強めないか、「自分とは別世界の人たちの話だ」と切り離してしまわないか、それは大きな気がかりだった。取材を進める過程で、離婚や疾病、失業などで困窮して子育てに力尽きる親の姿も見えたからだ。それはつまり、誰もが直面しうる出来事であり、けっして「別世界」の話ではない。そのことを伝えたいと思った。伝わってほしいと願い記事を書いた。

 連載を終えてから1年半が経ち、正規採用で就職が決まった子や、家族を得て自分の「居場所」をつくり上げた子、長い不登校の時期を脱し、高校受験に挑む子がいる。

 一方、周囲の誰とも信頼関係を結べず孤立を深める子、自傷行為を繰り返す子もいる。身体や心に新たな傷を増やしながら、今もどうにかこうにか生きている子は多い。

 そんな子どもたちや親への支援はどうあるべきか、まなざしは、かける言葉は、この手をどう使うべきか。本書を通して、読者の皆さんと共に考えることができたらいいと思っている。