――『物語のおわり』は、北海道を旅する人々が「空の彼方」という小説を手渡されることから物語が展開していきますが、こういった作品を書こうと思われたきっかけについて教えてください。

湊:大学生の頃に自転車で旅をする際、文庫本を一冊だけ持っていっていたのですが、大概は旅の前半で読み終えてしまいます。ですが、ユースホステルなどには「ご自由にお持ち帰りください」と書かれた本棚があって、普段、手にすることのない作家の作品に出会うことができました。また、私が持っていった本もその棚に並べることにより、どんな人がどこに連れていってくれるのかな、とワクワクする気持ちにさせてくれました。本も旅をする、というテーマでいつか作品を書いてみたいと思っていました。そして、それが未完の作品なら、さらに読んだ人の気持ちが反映されるのではないかと発展し、今回の作品を書くきっかけとなりました。

――各章の主人公は悩みを抱えながら一人で北海道に向かいます。今回の舞台を北海道にしたのはなぜですか。

湊:旅が好きで、全都道府県を訪れましたが、その中でも、初めての自転車での一人旅となった北海道は強く印象に残っているからです。雄大な景色やおいしい食べ物はもちろんですが、それ以上に、旅先で出会った人たちとの交流が当時の自分を成長させてくれたなと感じています。作中にも出てきますが、日常生活の中で初対面の異性を食事に誘うとナンパのように受け取られ、ではご一緒に、となることはなかなかありません。しかし、旅先では当たり前のように成立します。食事だけでなく、自然の中を歩きながら、日の出を待ちながら、親や友だちにも打ち明けたことのない悩みを話し合えたりもしました。それが旅の良さであり、特に、北海道には自然とそんなふうにできる独特の空気が流れているように思います。

■自分ならどんな結末にするか

――犯人は誰だろう……と読み進めていくような、今までの湊さんの作品と言えば想像する方向性の作品とは、雰囲気が異なる印象を受けます。なにか、心境に変化がおありだったのでしょうか。

湊:その時々に、自分が知りたいと思うことを書いているので、特にこれまでの作品と方向性を変えるといった意識はありませんでした。ただ、仕事が忙しく、取材旅行に行く余裕もないほど自宅で書き続けるという日々が続いたので、旅に出たいという思いが膨らんでいったのかもしれません。北海道を舞台にすれば、仕事という名目で北海道旅行ができるな、というたくらみがなかったともいえません。『物語のおわり』は単行本16冊目の作品となりますが、後味の悪くない作品は他にもあるので、私の作品をずっと読んでくださっている方には、今回はこっちできたんだな、とニンマリしてもらえれば嬉しいですし、これが初めての方には、次はぜひ、『告白』や『贖罪』といった初期の作品を手に取っていただきたいです。

――今回、未完の小説が大切なアイテムになっていますが、湊さんがこの本になる前の原稿を手渡されたら、受け取った時や読み進むにつれて、どのように想像すると思われますか。

湊:読み始めてすぐに、絵美という女性の手記だということがわかるので、他人の日記を覗き見しているような感覚で楽しみながら読むと思います。未完なので、まずは、最後まで書こうよ、と不満が残ると思いますが、自分なら……、と結末を考えます。自分が今置かれている状況で違った結末が出るのでは、と今回5人の男女になってみましたが、素の私の状態でなら……と書いてしまうと本編がおもしろくなくなってしまうので、それぞれの視点人物に寄り添いながら自分ならどんな結末にするだろうと想像し、それプラス、あの人ならどんな結末にするのだろう、と物語を膨らませていただければ、幸せな作品になれるのではないでしょうか。

――『物語のおわり』は連作長編になっており、各章の主人公は若い女性から定年を迎えた男性まで様々です。そういった性別や年齢の違いで書く際に気を付けていることはありますか。

湊:それぞれを一人称で書いているので、言葉の使い方を意識しますし、その人が普段どんな生活を送っているのかも考えます。携帯電話一つとっても、年代により捉え方は違うと思いますし、夢を追うとか、働くことに対する意識も変わってくるのではないかと思います。また、登場人物の中には北海道が2回目だという人も多く、当時と比較する中で、個人の意識の変化も表現できるよう心がけました。なので、書き終えた今は、両手で足りないほど北海道を訪れたような気分です。

■旅が物語の出発点

――各章の主人公はフェリーで、自転車で、バスで、車で、北海道の旅をします。場所も北海道の中でも小樽、美瑛、旭川、摩周湖、洞爺湖、札幌など様々です。移動手段の違いにおける風景描写や、場所の違いの描写について気をつけたことはありますか。

湊:北海道を旅していると、様々な手段で回っている人たちに出会います。徒歩、自転車、バイクでは一日の平均移動距離が、10キロ、80キロ、300キロ、とまったく違います。徒歩は道端の花に気付けますが、バイクでは難しい。だけど、バイクでしか感じられない風がありますし、辺境の温泉に向かってガシガシと進んでいくこともできます。自転車の良さがそのあいだを取ったところにあるわけでもありません。また、旅人それぞれが同じ場所を好きなわけでもありません。景色だけでなく、天気にも影響されますし、何よりもそこで出会った人に大きく影響されます。私は礼文島とサロマ湖が好きです。礼文島は人気のある場所ですが、それと並んでサロマ湖が好きなのは、そこで出会った人と今でも交流があるからだと思います。そのため、それぞれの場所をただ、観光スポットとして出すのではなく、登場人物にとって大切な場所となるような書き方をしたいと思いました。

――『山女日記』に出てくるいくつもの山に実際に登られたと伺っています。今回、かつて北海道を訪れた経験や、取材はどのように小説に活きていますか。

湊:まずは、約20年前の自転車での旅ありきです。約3週間かけて一周しました。そのとき見たもの、感じたことは大きく反映されています。ここ数年では、家族で北海道のバスツアーに参加したり、『往復書簡』が原案になった映画「北のカナリアたち」のロケ見学に訪れたりしたときの経験も、変わったもの、変わらないもの、自分の気持ちの変化などを考える参考になりました。しかし、何よりも、取材旅行に行けたのが一番よかったです。旭川にある「三浦綾子文学記念館」に行き、ご主人の三浦光世さんとお話しさせていただくことができました。そもそも、私が『氷点』を読むきっかけとなったのは、自転車での旅の際、ユースホステルで一緒になった人から、『氷点』の舞台となった森を一緒に見に行こうと誘われたことでした。この物語の出発点に立てたような思いになることができました。

――どのような時に旅に出たくなりますか。

湊:日常生活に疲れた時のような気がしますが、そうでなくても、どこかに行きたいという思いは常に自分の中にあるように感じます。

――どういった方々に読んでいただきたいですか。

湊:旅や読書が好きな方。そして、旅や読書では価値観や人生など変わらない、と試す前から決め付けている人に。あとは、自由な時間をたくさん持っている若い人。旅に出よう! とは思っても、仕事や家庭があると、なかなか難しいですから。むしろ、そういった方に一番に読んでいただきたいと思います。

――読者にメッセージをお願いします。

湊:期待していただいているテイストの作品ではないかもしれません。だけど、こういうのもいいんじゃないか、と一人でも多くの方に受け止めていただければ、幸いに思います。どうぞよろしくお願いします。