10月号アートディレクター 寄藤文平 Yorifuji Bunpei-〆切を守れない人間が作ったスケジュール帳- |AERA dot. (アエラドット)
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10月号
アートディレクター 寄藤文平 Yorifuji Bunpei
-〆切を守れない人間が作ったスケジュール帳-

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yPad4

寄藤文平

978-4023312302

amazonamazon.co.jp

yPad 4 (朝日新聞出版より好評発売中)

 「努力すれば人間は変われる」というけれど、僕はあまり経験がない。たとえば僕はナメクジがダメである。どんなに努力してもナメクジが好きになれない。よしんば、1日1回ナメクジに触ってみたり、「ナメリン」などの名前をつけて可愛がれば、自分の中にほのかなナメクジへの愛着を見つけるのかもしれない。しかし、それを続ければ、朝起きると全身に発疹が出ていたり、納豆のネバネバを見て吐き気を催したりするかもわからない。ダメっていうはそういうことである。

 まあ、相手がナメクジであれば避ければ済む。ところが、相手が「〆切」となると話は厄介だ。僕は「時間に従う」ことができない。小学校の頃から始業時間に席に着いていることができなかったし、修学旅行でも集合時間を忘れて捜索された。どうにかこうにか世の中で働きだしたが、肝心の〆切が守れない。もちろん直そうとした。時間管理術とかマネジメントの本も読んで、数ヶ月頑張ったこともあるが、ある日動悸が止まらなくなって自律神経が失調し、病院で精神安定剤をもらうハメになった。ダメなのである。

 〆切がダメで、時間通りに生活することもダメ。しかし、世の中は〆切と時間で動いているわけで、ダメでは済まされない。僕にとってそれは死活的な問題だった。

 料理を作るとき、炊飯器のスイッチを何時何分に入れなければならないと考えて憔悴したりしない。たとえばカレーライスを作る場合、白飯を炊く流れとルーを作る流れは別々である。炊飯器のスイッチを入れるタイミングを決めるのは、ルーができあがるタイミングであり、ルーができあがるタイミングを決めるのは、炊飯器の炊飯速度であったりする。おたがいの流れが作用し合って、カレーライスはできていく。そのような流れを把握することは苦ではない。タイミングよくスイッチを入れることもできる。

 カレーを作るときのように仕事を把握できれば、もうすこしうまくやれるかもしれない。僕はそういうコンセプトの時間管理ツールを探すことにした。仕事ごとの流れをチャートで確認できて、そこにスケジュールが合体したような手帳はないものか。書店や文房具店をまわって、そういうスケジュール帳を探した。ところが、まったくないのである。洗練された手帳や、工夫の詰まった機能手帳など、実に様々な手帳がある。しかし、僕には同じ手帳に見えた。時間という統一基準に従って生きろ。秩序を乱すな。すべての手帳が、そういうメッセージを発しているように感じた。

 たまに、時間通りに物事が進行しないとピリピリとしたムードをまき散らす人が居る。ああいう人がカレーライスを作ると、時間通りに決められたミッションをこなし、時間ぴったりにカレーライスができあがるのに違いない。

 しかし、ジャガイモをゆでるにしても、北海道の農家が育てたジャガイモがトラックで運ばれて店に並び、包丁で刻まれて鍋の中に放り込まれるといった流れがある。オーストラリアの地下の天然ガスが太平洋をわたって配管を通りコンロの上で燃焼しているという流れもある。レストランでカレーのジャガイモが輪切りで珍しいなと思ったことがあって、それを思い出してジャガイモを輪切りにしてみた、という流れもある。そういった複雑な流れをカレーライスに結節させて、いただきますと言って口に運ぶ。いただいているのはカレーライスという名前のついた流れそのものだ。

 時間で把握すると、そういう流れがバラバラになってしまうように感じる。「時は流れる」というけれども、時間は流れたりしない。刻むものだ。カレーライスを時間で刻んで作りたい人がいるだろうか。時間で刻まれた食事を楽しいと思う人がいるだろうか。まあ、いるかもしれないけれど、そんなに多くはないと思う。ところが、世の中のスケジュール帳のほとんどが、仕事を時間で刻むようにできている。みんなカレーライスを作る時は流れを大切にしているのに、仕事では流れを刻んでバラバラにしているのである。

 市販のスケジュール手帳をあきらめた僕は、スケジュールとタスクチャートが合体した大判スケジュールシートを自作した。正直、「〆切」が守れるようにはならなかった。しかし、全体の流れが見渡せるようになって、焦るべき時と、休むべき時がわかるようになった。忙しさは変わっていないのに、安らかな気持ちで仕事に取り組めるようになった。

 この自作のスケジュールシートが『yPad』の原型である。発売から4年目。毎年すこしずつ改良を加え、さらに洗練されたものになったと自負している。時間にしばられたくない人にこそ使ってほしい。


(更新 2013/10/ 2 )


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