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8月号 対談
旅行作家 下川裕治 Shimokawa Yuji
辺境作家 高野秀行 Takano Hideyuki

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週末台湾でちょっと一息

下川裕治著/阿部稔哉写真

978-4022617729

amazonamazon.co.jp

だから旅はやめられない

『週末台湾でちょっと一息』朝日文庫より8月7日発売予定

高野 下川さんが『週末バンコクでちょっと脱力』(朝日文庫)で「バンコクは意外と酒が飲みにくい」と言ってくれたのはうれしかったですね。これを指摘してくれる人はなかなかいなかったので。
下川 高野さんの『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)みたいに、イスラム圏なら覚悟できる。でも、アジアで酒が飲めないのはつらい。『週末台湾でちょっと一息』にも書いたんだけど、台湾の夜市って日本の夜店感覚でビールを探しても全然置いてない。「ビールありませんか?」と聞くと、コンビニを紹介されたりする。
高野 僕も酒なしでの会食がつらくてたまらない。なんでメシがあるのに酒がないんだと。いっそお茶とかのほうが割り切れる。
下川 実は日本のように夕食と酒がセットになってるのは、アジアでは中国と韓国くらい。台湾で地元の人と一緒に食事に行くと、酒そっちのけで一所懸命食事のメニューを選んでくれる。僕は「そんなことより早くビールを……」と思っちゃうんだけど。
 それから、海外ではたまにとんでもない酒に出合うことがある。字が読めないから、それがラムなのかジンなのかもよくわからないし……。
高野 下川さんの本を読んでいて共感するのは、いまだに旅慣れてない感じがすること。僕も旅慣れないので(笑)。妻と旅行したとき、「ヘッドライトが重要だ!」とか散々力説したのに、ヘッドライトを忘れたりして、よく呆れられます。
下川 うちもそう。カミさんは最初の頃こそ僕のことを「旅慣れた人」と思って任せてくれていたけれど、三回目くらいから「ホテルは私に決めさせてね」といわれるようになった。僕、ホテル予約するのがいやなんですよ。予約したら行かなくちゃならないっていうのがプレッシャーで。現地の空港で適当に電話して決めていたのがダメだったみたいで、以来、家族旅行での存在感は薄くなる一方。カミさんはホテルとか食べ物とか、どんどん詳しくなっていく。
高野 そういう情報については、女性にかなわないですね。酒飲み始めると、味なんかわかんなくなってくるし(笑)。
下川 最初の一口がおいしければいいんですよね。

◆◆危険地帯における純度の高さ

高野 僕、旅や生活にドラマやシチュエーションを求めるんですよ。だから観光が苦手で、あるべきものがあるべき場所にあるのを確かめて、なにがおもしろいのかと。
下川 僕も観光は苦手ですね。ところで高野さんは危険地帯に行くときには、「行きたくないなー」って思うの? それとも血が騒ぐ?
高野 両方ですね。僕は開高健の『輝ける闇』『夏の闇』が大好きなんですが、二冊とも危険地帯に行ったあとに安全地帯に帰ってくると落ち着かないという、ほぼ同じ構成なんですね。僕もその感覚があるんです。
下川 紛争地帯って、意外に静かだったりするんだけど、それでも東京の街を歩くのとは違う緊張感がある。
高野 自分の能力をかなり限界まで出しているという感覚はありますね。そういう時間は、ある意味悩みがない。今日一日無事であってくれればそれでいいとだけ思っているから、日々の雑事に思い煩わされることがない。東京だと細かいことから離れられないじゃないですか。amazonで自分の本の順位チェックしたりとか(笑)。あの純度の高さみたいなことを思い出すと、またやりたくなる。
下川 そういえば、パキスタンの紛争地帯でカミさんから携帯に電話がかかってきたことがあった。「あそこのマンションの部屋、空いたらしいよ!」って。ちょうどその頃、子供が大きくなってきて、少し広いところに移りたいって話してたんですよね。でも、こっちには隣に安全装置をはずした銃を持った兵士がいる。カミさんの話に「うん、うん」ってうなずきながらも、「今じゃなくていいだろう!」って(笑)。
高野 僕もソマリランドでまったく同じ状況になったことあります(笑)。砂漠って妙に電波が入るところがあるんですよ。で、すごく緊迫した状況なのに妻から「○○さんがマンション買うらしいよ」って電話が。日本だったら僕も興味を持って聞くんですけど、かたや砂漠の危険地帯、かたや日本。本当に引き裂かれる思いというか、この現実感のなさってなんだろうって思いました。
下川 取材中、メモは取りますか。
高野 取ります。忘れやすいので、かたっぱしからメモを取っていく。それから、毎朝日記をつけています。夜は酔っ払って寝ちゃうっていうのもあるんですが(笑)、その日のうちにつけるとロクなことがない。一晩寝ると細かい感情がとれていいんですよ。
 最初の著書(『幻獣ムベンベを追え』集英社文庫)でコンゴに行ったときには仲間が十人くらいいて、プライバシーなんかない。読まれて困るようなことは書けないので、物語的に書くようにしたんです。そうしたら、客観的に物事を見られるようになったんですね。「あいつにムカついていたけど、俺も無理言ってたよな」とか。
 それから、「この街は貧しい」と書いたとしても、実はその根拠が書けなかったりする。じゃあ今日はそれを具体的に考えようと思って、その日のテーマが決まったりするんです。
下川 僕もメモは取りますが、そのときの匂いや状況を思い出すためのキーワードみたいなものが多いですね。メモを見ているうちは原稿が書けない。
高野 僕もそうです。日記に書いたことは、一回忘れます。

◆◆ボーッとしてるのを悟られないために…

高野 書くことでフラストレーションを解消できる部分ってありませんか。最初の幻獣探しから帰ってきたときに、いろんな人から「で、いた?」と聞かれたんですけど、いたとかいないとか、一言で伝えられるような体験ではない。僕は口下手なので、うまく説明できなかったんですが、それが、本を書いたことで理解してもらえるようになった。
下川 過程を説明するのは、難しいですよね。
高野 下川さんのエッセイを読んですごいと思うのは、なんの変哲もないことを描いていることです。
下川 自分のなかでは、いろいろ変哲があるんだけど……。
高野 でも、大きなことはほとんど起きないのに、乗せられて読んでしまう。それがすごい。
下川 自分のなかではいろいろ起きているんだけど……。
高野 書くときは苦労してますか?
下川 してますよ(笑)。
高野 たとえば、書き始めるときに構成とか考えますか?
下川 一応、考えますけど。たとえば三日くらい列車に乗ると、乗りながら構成を考えられるのがいいですね。僕、長く乗り物に乗るのがまったく苦にならないんです。
 高野さんは、テーマについてはかなり考えますか?
高野 僕はなにか大きいことをやりたい、という思いが常にあるんです。でも、僕の考えているテーマって、原稿にするまではまず理解してもらえない。ソマリランドの企画も、何度言ってもわかってもらえなかった。本当にやりたいことがあれば、まず行ってみますね。大発見があるかもしれないと思っているので。
下川 おもしろい話って、見つけようと思ってもなかなか見つからなかったりしませんか。向こうからやってくるのを待つしかない。でも、じっとしているだけでおかしな話が飛び込んでくる国がある。僕にとってはタイがそういう国で、現地に長くいればいるほどおもしろいものに出合うような気がする。高野さんはどのくらい現地にいるとか決めてますか?
高野 それはないですね。僕は目標を設定しているので。
下川 でも、大目標って実はどうってことなくて、途中で起きる出来事がおもしろかったりしない?
高野 大目標を設定すると、途中がピュアになるんですよ。「書けるものないかな?」って考えると不自然になるし、どこかセコくなる。本を二冊出した後に壁にぶつかって、職業としてやっていくためにはおもしろいネタを探さなくちゃいけないんじゃないかって思ったんです。でも、探すとダメですね。中途半端で面白くない。
下川 中国の故事に釣り竿に針をつけないで池に落とす……っていう話があったと思うんだけど、僕の場合はそんな感じというか。ただボーッとしていると変な奴だって思われるんで、不審者と思われないために目標を設定しているようなところがある。僕は全然行動派ではなくて、頭の中でグチャグチャと考えていることを悟られないために旅をしているのかもしれない。
高野 本読んでると伝わってきますよ、下川さん、活発じゃないんだろうなって(笑)。釣りのたとえでいうと、僕はフェイクの釣りはおもしろくない。本気で巨大魚を釣ってやろうって思ってるんです。で、待っている間暇だからいろんな人と話をする。
下川 僕にとっては、勤めていた会社をやめて一年近くフラフラと続けた旅がすべてで、それ以上の旅はいまだにできていない。いろんなところに行ってはいるけれど、自分にとって旅といえるものはあの一回だったなと。あのときのことが忘れられなくて、また出かけていくんだと思う。
高野 だから下川さんの文章には、哀愁が漂ってるんですね。
下川 漂ってますか。
高野 それはもう(笑)。
下川 旅をしているんだけど、本当にやりたいことなのか、いつも自分のなかでぐるぐるしている。若い人に会って、「旅って達成感ですよね」なんて言われると、どうしていいのかわからない。自己嫌悪は相当あります。
高野 そんな思い、とっくにふっきれていてもいいと思うんですが(笑)。そのふっきれなさが、下川節ですね。


(更新 2013/8/ 2 )


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