『ペッパーズ・ゴースト』 伊坂幸太郎著
朝日新聞出版より発売中

 読めば未来の見方が少しだけ変わるかもしれない小説だ。

 中学の国語教師である檀千郷は、ある不思議な力を持っていた。その力とは、他人の未来を少しだけ観ることが出来るというものだ。千郷の父が死の間際に語ったことによれば、この能力は父も祖父から受け継いでいたのだという。「まだ誰も、本人すら見ていない場面を、先行的に観ることができる」ことから、父はこの能力のことを<先行上映>と呼んでいた。

 父は<先行上映>を受け継いだ千郷に対し、一つのアドバイスをする。「忘れるということを覚えておくんだ」と。たとえ他人が大変な目に遭う未来が観えたとしても、助けることはもちろん、相手に助言することすら難しい。それは無力感の積み重ねを生み、精神的にもまいってしまう。だから「できるだけ、気にするな」というのが父の教えだった。しかし、千郷は他人の命に関わるような<先行上映>を観てしまい、どうしても未来に起きる出来事を教えねばならない気持ちに駆られる。千郷の観た未来とは、彼の教え子である里見大地が新幹線の中で事故に遭うらしき場面だったのだ。

 図らずも特殊な能力を有してしまった人間が、その力ゆえに大事件や陰謀に巻き込まれていくという、一種の超能力ものの体裁を取った小説だ。こうした形式の話では主人公に備わった能力に制約がかけられている方が俄然盛り上がる。実は千郷の<先行上映>にも“ある条件”を満たさなければ発動しないというルールが設けられているのだ。ほんの少し先の未来が観える以外は至って平凡な人間である千郷が、制約付きの能力を使って如何に危機を乗り越えていくのか、というのが読みどころの一つだ。

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