『姉の島』 村田喜代子 著
朝日新聞出版より発売中

『姉の島』を読み終わったところだ。主人公は八十五歳の海女である。しかし海女の語りから浮かび上がってくる圧倒的な存在は海で、読んでいるとページをめくる指が青く染まる気がした。

 玄関でピンポンが鳴った。宅配便だろうか。ドアを開けてみたが人影がない。視線を落とすと小柄な老女だった。パーマの白髪と、日焼けした皺の深い顔が、ちぐはぐな印象を与える。小花模様のブラウスとウエストゴムのズボンは、町の洋品店のテイストである。「どなた様ですか?」「はじめまして、あたしは雁来ミツルです」「どちらのガンクさんで?」「『姉の島』でお世話になってます」

 私の反応に、彼女は少し失望したようだった。とりあえず中に入ってもらった。「つまらないものですが」 風呂敷を解くと、パックの中から黄色い饅頭が出てきた。

「わぁ、芋饅頭ですね」

 ふかして潰した唐芋に、小麦粉と重曹を混ぜて蒸した。

「本に出てくるものを実際に食べられて、嬉しいです。この本に出てくるものは、なんでも美味しそうなんですよね。私も『えんどう豆を揚げたの』でビール飲みたい」「やっとあたしのことが分かったみたいじゃね」「主人公の方においでいただいて恐縮です」

 せっかくなので、疑問をぶつけてみることにした。

 彼女は長崎の小さな離島に住んでいる。島の風習で、八十五歳を過ぎた海女は実年齢の二倍で数えることになっている。この「倍暦」では、ミツルは百七十歳となる。

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