作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。慰安婦問題の日韓合意について言及する。

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 日本軍「慰安婦」問題の「日韓合意」がなされて5カ月経った。日本のメディアでの論調は概ね「日韓合意、おめでたい」という調子で、「過去は水に流し、日韓、新しい関係築いていきましょう!」という前向きなものが目立つ。それはまるで長年喧嘩してたご近所さんと、ようやく仲直りできたというような軽さに映り、私は「合意」後、ずっとモヤモヤし続けている。

 そのモヤモヤが何かを自分でも言葉にしたく、先日、ソウルで行われた「第14回日本軍『慰安婦』問題アジア連帯会議」に参加した。「慰安婦」当事者や支援者等、約150人が集まり、それぞれの活動を発表し、「解決」のための共同行動を決定する場だ。

 東ティモールから20時間かけてソウルにやってきた93歳のイネス・マガリャイス・ゴンサルベスさんは「『慰安所』で私は女の子を産みましたが、日本軍に連れ去られてしまいました。私はお金をもらっていない。日本政府に公的謝罪と賠償を求めます」と語った。フィリピンからいらした86歳のエステリータ・バスバーニョ・ディさんが「日本政府は何のために時間をかけているのか。韓国政府とだけ対話する日本政府に同意できない」と涙で声を詰まらせながら訴えた。

「慰安婦」問題というと、「日韓問題」と考えてしまいがちだが、このように様々な国の人々が一堂に集う場に来ると、日本で語られる「慰安婦」問題と全く違う視線を突きつけられる。特に私は、フィリピンの支援者の発言に衝撃を受けた。彼女は昨年末の日韓合意について意見を述べたときに、日本政府ではなくて、韓国政府を激しく批判した。

 
「ハルモニに友好的だった韓国政府が、ハルモニたちを裏切った印象を拭いきれません」

 フィリピンの被害者たちは日本政府からもフィリピン政府からも無視されてきたという。そんな彼女たちにとって、韓国政府の当事者に対する支援は希望だったのだ。ところが今回の合意は、被害者に事前に確認されることなく決められた。

「私が希望を持っていた韓国ですら、そうであれば、何に希望を持っていいのかわからなくなりました」

 日本からの経済支援を受ける東南アジアの国々の政府は、日本に強い態度を示せなかった。そして日本も、その力関係にあぐらをかいてきた。四半世紀も。

 日本では「合意」に賛成した当事者もいる、という報道ばかりが流れる。大切なのは、そこじゃない。「誰のため、何のための和解なのか」が、あの「合意」からは見えなかったことだ。少なくとも私には「日韓関係よくするために、ここは一つよろしく!」と、無理やり被害女性を納得させた「合意」に見えた。だからずっと、モヤモヤしてきた。

 私が改めて理解したのは、この問題に関わってきた多くの人が、日本政府への「希望」を持っていないことだった。何を言っても通じない国、と思われている。安倍さん風に言うなら、こういうことが「国益を損ねる」ことだと、私は思う。

週刊朝日  2016年6月17日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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