科学的根拠は否定しながらも、被曝と白血病発症に因果関係を認めた厚生労働省。一歩前進したかと思いきや、作家の室井佑月氏は、東京電力福島第一原発事故後に起きた健康被害に関して、報道が偏っていると憤る。

*  *  *

 10月21日付の朝日新聞に、

「厚生労働省は20日、東京電力福島第一原発事故後の作業に従事し、白血病になった元作業員に、労災を認定したと発表した。原発事故への対応に伴う被曝と疾病に一定の因果関係があるとして労災が認められたのは初めて」

 という記事が載った。

 だが、新聞にはこうも書かれていた。

「厚労省は20日の会見で、『今回の認定により科学的に被曝と健康影響の関係が証明されたものではない。「年5ミリ以上の被曝」は白血病を発症する境界ではない』とした。白血病の認定基準については『労災保険の精神に基づき、労働者への補償に欠けることがないよう配慮し、また、76年当時の一般公衆(住民)の被曝限度が年5ミリだった点も考慮した』と説明した」

 わかりづらいが、つまり厚労省はこういいたいの?

「被曝のせいで白血病になったとはっきり認めるわけじゃないからね。でも、昔の決まりもあることだし、今回は道徳的な配慮をしてやるわ」

 うーん、これってどうなんだろう。いやしかし、ようやく原発事故の被曝による健康被害をお上が認めざるをえなくなったのは、一歩前進したといえようか?

 なにしろ、10月7日、共同通信社が、岡山大の津田敏秀教授らのチームが国際環境疫学会に発表した論文についてのスクープをあげた。が、大手新聞やテレビで、大きく取り上げられたとはいえない。

 
 共同通信社によると、その論文は、

「福島県が事故当時18歳以下だった約37万人を対象にした昨年末時点までの甲状腺検査の結果を分析。年間発症率は事故前の日本全体と比べ、20~50倍と算出した」

 津田教授は、

「事故後、福島県で見つかっている子どもの甲状腺がんの多くは被ばくで発症したものだ」

 とはっきり主張した。が、別の疫学専門家から、

「結論は時期尚早」

 との指摘があったとも、書かれていたっけ。

 津田教授は翌日、都内で開かれた会見で、このことについて怒っていた。日本の疫学専門家のこうした考え方は、非常識だと。なぜ、子どもたちを守りたい、そう真っ先に考えないのだ? 子どものために万が一の安全策を取るよりも、大切なことってあるの? なんのための研究なのか? 大金かけて整備して使わなかったSPEEDIと一緒だ。

 会見で津田教授は、今後予想される甲状腺がんの増加に備えて、

「考え方や情報発信のあり方を改めるべき」

 そう強くおっしゃっていた。あたしもそう思う。

 病気になってしまった人たちに「被曝の影響との科学的な根拠は?」という人たちには、逆に「絶対に被曝のせいではないという科学的な根拠をあげよ」というのだ。被曝も病気も、したくて、なりたくて、なったんじゃない。事故後、放出された放射線量をあげ、記者はそうした質問をしてくれ。

週刊朝日 2015年11月13日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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