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徳川宗家現当主 「旧大名家の子孫が多い学習院の歴史授業は難しい」

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(更新 2014/3/23 07:00)

 学校の授業でも習う戦国武将のなかには、今でも子孫が残り家を継いでいるケースがある。天下統一した徳川家もそのうちのひとつだ。徳川宗家第18代当主、徳川恒孝(つねなり)氏がその暮らしを明かした。

*  *  *
 松平家から徳川家の養子になって、祖父・家正の家に越してきたのが、中等科にいるとき。千駄ヶ谷や原宿のころのお屋敷と比べたらだいぶ小さくなりましたが、家の事務関係の仕事をする男の人が3、4人と女中さんが4、5人、あと運転手と料理人がいました。

 こちらでの晩ごはんは5時半。早いんですよ。それに祖父母は70歳くらいの高齢者ですから、例えばお魚といえば白身だけ。味も薄い。大変お上品なちんまりとしたものです。育ち盛りの男の子には全然足りない。

 だから、こちらで晩ごはんを食べ終わると、「ちょっと行ってくるね」と言って家を出る。すぐ近くの松平の実家へ行くと、ちょうど晩ごはんが始まる時間帯です。私は4、5年間、晩ごはんを2回食べていたことになります。

 学習院初等科へ入学したのは昭和21年ですから、戦後教育の1期生です。ほどよく悪戯(いたずら)坊主で、ほどよく勉強する良い子でしたよ(笑)。タバコを吸い始めたのは高等科2年の終わり。学習院といえば行儀の良いイメージと思いますが、多くの生徒は同じころからタバコを吸っていました。見つかれば停学ですが、今よりは寛大だったのでしょう。


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