甲状腺ホルモンの分泌が進みすぎることで、動悸、手指のふるえ、多汗、疲れやすいなどの症状があらわれるバセドウ病(甲状腺機能亢進症)。薬物治療、放射性ヨウ素治療、手術という3つの治療法が確立しているが、どんな視点で選択するかが重要だ。

 東京都在住の主婦・福原まり子さん(仮名・42歳)が、バセドウ病と診断されたのは10年前のことだ。「夏前だというのに大量の汗をかき、体重も急に減りましたが、いつもより元気だと感じていました」と、福原さんは笑う。バセドウ病は、甲状腺ホルモンが必要以上に作られる病気だ。甲状腺ホルモンは「元気のもと」と言われ、分泌が過剰になると新陳代謝が活発になり、一時的に「元気になる」感じがする。しかし、エネルギーを過剰に浪費し、動悸や不眠といった症状も出るため疲れやすくなる。甲状腺が腫れる(腫大)、眼球が飛び出したようになる(眼球突出)という症状もあるが、甲状腺の腫れは気づきにくく、眼球突出も20%程度だ。

 2009年、歌手の絢香さんが21歳でバセドウ病を公表して話題になったが、20代から40代の比較的若い女性に多く、女性の発症率は男性の4~5倍といわれる。福原さんは32歳のとき、会社の健康診断で「甲状腺が少し腫れている」と言われ、総合病院で血液検査を受けたことで発覚した。

 

 福原さんはすぐに内服薬での治療を始め、体調は改善した。1年ほどで「もう大丈夫」と言われて薬をやめたが、2年後には再びひどい汗をかき、体重が減った。「治ったはずなのに」と不信感を抱いた福原さんは、インターネットで調べ、自ら伊藤病院に転院した。

 伊藤病院は1937年から続く甲状腺疾患の専門病院だ。福原さんはここで初めて治療法についての丁寧な説明を受けたという。

 バセドウ病の治療方法には(1)薬物治療、(2)放射性ヨウ素治療(アイソトープ治療)、(3)手術の三つがあり、いずれかの方法で進みすぎた甲状腺機能を正常に戻す。

 福原さんが前の病院で受けたのは(1)薬物治療だ。現在、日本における基本治療で、甲状腺ホルモンの合成を抑える抗甲状腺薬を服用する。薬は2種類で、チアマゾール(商品名メルカゾール)とプロピルチオウラシル(商品名チウラジールなど)。飲み始めて2~3カ月ほどで甲状腺機能は正常になるが、1~3年は飲み続ける必要があり、その後再発する患者も多い。副作用もまれに起こり、発疹や発熱、肝機能障害、重い場合には白血球減少症となる。

(2)の放射性ヨウ素治療は、放射線を発するヨウ素入りのカプセルを服用する。ヨウ素が甲状腺に集まりやすい性質を利用し、ヨウ素が発する弱い放射線で甲状腺の細胞を少しずつ破壊する。1回の服用で治療が終わり、半年から1年後には甲状腺機能が落ち着くが、多くは甲状腺が破壊されすぎて「甲状腺機能低下症」になり、甲状腺ホルモン剤を一生飲み続けることになる。

(3)の手術は、肥大した甲状腺を切除する。手術については後述するが、どの治療法も一長一短ある。伊藤病院内科医長の向笠浩司医師は言う。

 

「薬物治療が基本ですが、何年飲んでも治らない、治っても再発する人がいます。初診の段階からほかの治療法も視野に入れてほしい」

 同院は、専門病院として過去の患者データを活用していることが特徴だ。TSH受容体抗体(バセドウ病の原因となる抗体)の数値と、甲状腺の大きさをもとに再発の危険性を判定する。過去約700人の患者の治療実績をもとに、薬物治療した場合の「2年以内に薬をやめられる割合」を数値として患者に示す。

「それを見て、『自分のケースでは再発の可能性は低いから薬物治療で大丈夫』など、自主的に治療法を選ぶことができます」(向笠医師)

 福原さんの甲状腺は重量22グラムと大きくはなく、TSH受容体抗体の数値も正常に回復していた。再発の場合、放射性ヨウ素治療か手術で根本的な治療をすることが多いが、向笠医師は「80%以上の確率で2年以内に服薬を終了できる」と診断し、福原さんも薬物治療の継続を希望した。経過は良好。1年半後には服薬が終了し、現在は年に一度の検査のみだ。

週刊朝日 2013年6月7日号