アニメでジャズ入門『坂道のアポロン オリジナル・サウンドトラック』

文・貴堂行雄

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 友人は熱弁をふるう。

「この番組をきっかけに、ジャズを聴く人がもっと増えたらいいなあ」

 深夜枠で放映されているTVアニメ「坂道のアポロン」のことである。

 '60年代の佐世保を舞台に、ジャズ演奏を通して築かれる友情、恋愛を描いた青春ドラマ。本格的なジャズ演奏シーンが見どころとあって、某CDショップなどは、大々的にキャンペーンを打ち出すという力の入れよう。

 ジャズファンも、「のだめカンタービレ」でクラシックがブームになったように、「坂道のアポロン」でジャズブームが来るのではないかと、にわかに色めきたっている。

 しかし、アニメに限らず、ジャズを劇中でやるとなれば、ある種の「臭さ」や「気恥ずかしさ」を覚悟しなくてはならないのは、ジャズファンであれば想像がつくだろう。 考えてもみたまえ、声優さんに「あーと・ぶれいきー・あんど・ざ・じゃずめっせんじゃーず、もーにん。」なんて台詞を言われたら、観てるこっちまで赤面してしまいそうではないか。もともとジャズファンはシャイな人が多いのである。勘弁してもらいたい。

 と、なんだかんだと文句を言いながらも、ジャズと聞けば気になってしかたないのがジャズファンの習性である。毎週録画をセットして、一応…、あくまでも一応だが、内容をチェックするようになった。ふだんアニメなんて観ないうえに、高校生が主人公とあって、子供向けの”おちゃらけた”作品かと鼻でわらってたのが、一話、二話と観ているうちに、「アポロンの世界」にぐいぐい引き込まれていく。

 ズッコケて笑わせようなんていう媚びた姿勢もなく、内容はシリアスそのもの。学生運動、クリスチャンたちのコミュニティ、人種差別や貧困など、'60年代の日本が抱えていた”きわどい問題”をすり抜けつつ、自己のアイデンティティーを見つけようともがく青年たち。ジャズは、彼らがアイデンティティーを確立する強力な柱になっている。それが軽薄に映らないのは、さらに大きな「聖書」の物語が作品を大きく包み込んでいるからに違いない。

 わたしがジャズを聴くようになったのは、「アポロン」よりずっと後の'80年代だが、まだ当時のジャズ喫茶のらくがき帳には、「イエスの言葉」が綴られているかと思えば、次のページには「南無阿弥陀仏」の念仏があったり、あるいはマルクスのことが書かれていたりで、今思えば皆、張り合っていたのだろう。そうやって、自己のアイデンティティーを、自分が何者であるかを主張しあっていた。しかし、そんなことと知らないわたしは、「ジャズ喫茶とは、なんと恐ろしい所なんだろう」と恐れおののいたものである。

 ジャズは強烈な自己主張を伴う音楽だ。海外に渡った日本人ミュージシャンが、邦楽のフレーズをモチーフにするのも、きっと「お前は何者か?」ということを強烈に問われるせいだろう。

 しまった!そうか!「坂道のアポロン」でジャズ入門だなんて考えが甘かった!ジャズファンが「坂道のアポロン」に入門するためにジャズという入り口があるのだ。ジャズをきっかけに、「坂道のアポロン」を観る人がもっと増えたらいいなあ、と思います。


【収録曲一覧】
1. KIDS ON THE SLOPE
2. Chick’s Diner
3. Moanin’
4. Bag’s Groove
5. Blowin’ The Blues Away
6. Satin Doll
7. YURIKA
8. Rosario
9. Curandelo
10. Transparent
11. Run
12. But not for me
13. My Favorite Things
14. Equinox
15. A Piece Of Blue
16. バードランドの子守唄
17. Jazz For Button
18. Four
19. Easy Waltz
20. float
21. Milestones
22. Apollon Blue
23. Kaoru & Sentaro Duo in BUNKASAI
24. いつか王子様が

(更新 2012/6/ 7 )


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プロフィール

貴堂行雄

 1988年、大阪市内で“ジャズの聴ける理容室”「JimmyJazz」を開業。オーディオ雑誌にコラム執筆。“日本一オトの良い理容室”を目指すも、まるで良いオトが出ず悪戦苦闘の毎日





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