順天堂大学医学部教授で、同大に日本で初めての便秘外来を開設した小林弘幸医師も、こう指摘する。
「炭水化物を抜く食事は、腸によくありません。なぜ、現代人が生活習慣病や肥満に悩むのか。答えはただ一つ、『食物繊維の不足』です。第2次世界大戦直後の日本人の食物繊維摂取量は1日約30グラムですが、現在はたった十数グラム。これがさまざまな生活習慣病を生んでいることは間違いありません」
前出の江田医師は、糖質制限そのものに加え、「食事の偏り」も腸内環境の乱れにつながると言う。腸内細菌の多様性が保たれていることも、腸内環境にとって重要だからだ。
「単一の菌ばかりが増え、多様性が失われる状態を『ディスバイオシス』と言います。腸内細菌のバランスが崩れ、体に悪影響を及ぼすことになる。さまざまな食物をとり、腸内細菌が多様に増えるのが、理想的な腸内環境です」(江田医師)
ごはん抜きやリンゴだけなど、単一の食べものを増やしたり減らしたりすれば、腸内環境は乱れやすくなる。
特に、糖質制限をしていると、便秘になるケースも多いうえ、控えた炭水化物の代わりに、どうしても「ある物」ばかり食べるようになる。
「肉です。たんぱく質は消化の過程で分解され、アミノ酸になります。肉を食べすぎればアミノ酸は小腸で吸収しきれず、大腸まで到達します。アミノ酸をエサにするのは主に悪玉菌で、アミノ酸を分解する過程で硫化水素を作り、卵の腐ったような強烈なにおいを発します。実は、プロテインや肉類を多く摂取するボディービルダーのおならは非常に臭い。臭いおならが続くなら、不調のサインと捉えてください」(同)
悪玉菌はアミノ酸を好んで食べ、腐敗物質をつくる。臭いおならは、腸内環境が悪玉菌優位の状態になっている証しだ。
年齢を重ねることでも腸内環境は変化する。注意すべきは50代以上だ。
「人間は赤ちゃんの時は、善玉菌の割合が非常に多い。60歳を過ぎると善玉菌が徐々に減り、悪玉菌が増え始めます」
若い時は、食べたものはほぼすべて小腸で吸収され、大腸にまわるのはほとんど「搾りかす」だった。だが、加齢によって小腸の吸収能力が落ち、本来は小腸で吸収されるべきアミノ酸などの栄養が大腸まで届くようになる。結果、大腸で悪玉菌が増殖してしまうのだ。江田医師によると、腸内環境の悪化は、実は肝臓がんや大腸がんになるリスクまではらんでいるという。
「本来届かなくてもいい過剰な栄養分が大腸まで届き、富栄養化します。すると、ある菌が増殖し、大腸がんのリスクになる『二次胆汁酸』という物質をつくります。二次胆汁酸は、血液の流れに乗って、腸内の血管から門脈までいき、肝臓にたどり着く。すると肝臓がんのリスクになることがわかっています」 この菌は、発見したがん研有明病院にちなんで、「アリアケ菌」と呼ばれている。
(編集部・小長光哲郎)
※AERA 2019年10月28日号