「15人が死亡し、およそ20人がけがという手段はおかしいかもしれない。だが『障害者に安楽死を』という目的は非常に合理的だと思う」「植松容疑者が言ってることも正直言ってわかる。でも、殺すのはダメで。なんか、複雑」

 いま、ネットの中にはむき出しの悪意に満ちた言葉があふれ、街角では耳をふさぎたくなるようなヘイトスピーチも起きる。こうした風潮が、植松容疑者の行動を正当化し、後押しした面もあったのかもしれない。精神科医の斎藤環さんは言う。

「ヨーロッパの移民差別やドナルド・トランプを見ても、過激な言説が喝采を浴びやすく、本音の部分を臆面なく出す社会状況がある。それが一番凝縮された形で表れた事件」

 社会学者の千田有紀・武蔵大学社会学部教授もこう言う。

「弱者への福祉は全体のためになっていないという考え方は、この社会の中で目にする論理。昔は『気持ち悪い』『くさい』だった差別が、今は『ムダ』という表現になった。現在の差別は経済的合理性によって作り出されている」

 福岡県の多機能型施設「あごら」の恒遠樹人施設長(45)は、現場の視点からこの考え方を真っ向から否定する。
「重度障害で役に立たないとか成長しないというのは完全に間違いです。障害者が発するメッセージを受け取る感性が当人にないだけ」

●名前を出せない社会

 今回の事件で、犠牲者は41~67歳の男性9人、19~70歳の女性10人と公表されているだけだ。県警によると遺族全員が公表を強く拒んでいるという。ここに恒遠さんは違和感を抱く。

「名前を出さないのは障害者への配慮じゃなくて、周囲の都合ではないでしょうか。本来は、障害者が堂々と名前を出せる社会にならないと。今回の事件の背景には、そういう社会全体の風潮もあると思います」

 恒遠さんは、障害者のスポーツ大会で参加者名簿を見て思ったことがある。

「男の子の名前は健康の『健』とか、雄大の『雄』とか『大』とかがすごく多いんです。ああ、これが親の願いだったのかなって。この容疑者はそんなことも考えずに名無しの障害者としか見なかったんですよね」

 ヒトラーの降臨を気取る差別主義者の凶行に、正当性など微塵もないのだ。(編集部・大平誠、高橋有紀、古田真梨子)

AERA 2016年8月8日号

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古田真梨子

古田真梨子

AERA記者。朝日新聞社入社後、福島→横浜→東京社会部→週刊朝日編集部を経て現職。 途中、休職して南インド・ベンガル―ルに渡り、家族とともに3年半を過ごしました。 京都出身。中高保健体育教員免許。2児の子育て中。

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