「いくらオフィシャルでは『ちゃんとやっている』といっても、現実には抜け穴だらけ。この点は、放射能問題に関しては強く指摘できます」(小豆川さん)
放射能に汚染された土壌は、雨水で流され、湖沼や河川に入る。実際、栃木県の中禅寺湖では、サケ科のブラウントラウトから260ベクレルが検出された。そして、首都圏であれば多くが東京湾に流れ込むことになる──。そこに暮らす魚介類は安心なのか。
水産庁の14年度のデータでは、東京湾内で採れた魚介類はほとんどが「検出限界未満」。最高値となった旧江戸川河口部で採れたウナギも、基準値を大幅に下回る11ベクレルだった。
一見すると「安全」にも思えるが、水産物の汚染で本当に怖いのは、底土などの汚染が時間の経過によって魚や貝の体内に蓄積することだ。左の地図を見てほしい。
獨協医科大学准教授の木村真三さん(放射線衛生学)が昨年9月に調査した、東京湾に流れ込む主要河川の河口9地点の海底の土の放射性セシウムの濃度と、環境省が昨年7~11月にかけて実施した千葉、埼玉、東京の河川や湖沼の底土の測定結果を組み合わせたものだ。
東京湾の汚染を見ると、木村さんの調査では、最も汚染レベルが高かったのは、千葉県内を流れる花見川の河口で、1キロ当たり1189ベクレル。次いで荒川河口(398ベクレル)、木更津港内(162ベクレル)と続く。
●河口で高い汚染レベル
花見川河口の数値が高かったのは、上流にある印旛沼の影響が大きいと見られる。環境省の調査では、印旛沼の最も高い地点で760ベクレル。その汚染された泥が、河川に流れ込み海に流入したと考えられる。
木村さんが測定した9カ所は、いずれも指定廃棄物となる基準の8千ベクレルは大幅に下回る。だが、木村さんは「漁場となっている河口域は、底土をさらって取り去るのが望ましい」と話す。
「放射性物質の一つであるセシウム137の半減期は30年にわたる。そのセシウムが海水中に溶け出すことで、生物の中に放射性物質が蓄積する生物濃縮が起きていく」
魚や貝に取り込まれた放射性物質は、海水の濃度に比べて体内ではより高濃度になる。それが、「生物濃縮」と呼ばれる現象だ。
海洋学者の故・笠松不二男さんが1999年に発表した論文によれば、海水での放射性セシウムの濃度を「1」とした時、アカガレイ44倍、ヒラメ68倍、カツオとブリは122倍……と魚の種類によって濃縮の度合いはさまざまだが、最大で100倍以上の濃縮が起きている。木村さんは言う。
「危険なものに変わる可能性がある以上、今は海水の濃度が薄まっているから安心だと、果たして言えるかどうか疑問です」
●監視と教育が必要
セシウム137の放射能が1千分の1になるのは約300年後。放射能のリスクにどう向き合えばいいのか。木村さんは、引き続き「監視が必要」と話す。
「ただ、国に対してここまで不信感が強まった以上、利害関係のない第三者機関が行うことが大切。そして、調べた情報をオープンにしていくこと」
前出の小豆川さんは「教育が必要」と説く。例えば、いくら基準値が100ベクレルと規定されていても、仮にスーパーで売っている食品に放射能測定結果として「1ベクレル」と表示されていれば、都内の消費者はまず買わないだろう。「ベクレル」の正確な意味がわからないからだ。だから、教育によって、その1ベクレルがどういうものなのか、きちんと判断できるようにすることが必要。そのためには、小中学校の段階で、放射線について基本的なところから教えることが大切だと訴える。
「事故から4年が経ち、遅きに失した感もあります。しかし、放射能のリスクに対する大きな枠組みを作る、いいタイミングだと思います」(小豆川さん)
※AERA 2015年3月9日号