沐浴の方法や抱っこひもの使い方は「YouTube先生」を参考にし、夫婦で同じURLを共有する。育児書や育児雑誌では一つの標準例しか提示されておらず不安になるが、ネットには複数の情報があり、「範囲」として分かるのも救いだった。夕食の準備の15分間は動画を見せていると長男は泣かずに待てる。そのおかげで、落ち着いて離乳食を食べさせることができる。
「核家族のわが家にとって、『スマホ婆』は最強の味方であり、夫婦の心を病ませないための薬箱でもあるんです」

●育児がすべてと言えたらどんなに幸せか

 漫画家の田房永子さんは、近著『ママだって、人間』で、女性が出産した途端に心身ともに赤ちゃんから離れられなくなる状態を「マリオネット」にたとえている。
「母親は、欲望も意思も個性もない無機質な生き物とみなされている。耐え忍ぶことが『良き母』の理想とされ、夫婦でも妻だけに自由がなく、夜の外出もできなくなるのは、人権にかかわる問題だと思います」
 外出はもってのほか。母親が子どもを預けて働くことでさえ、わがままだと言われることもある。
 作家の曽野綾子さんが昨年8月に「週刊現代」に寄稿した文章は、「出産した女性は会社に迷惑をかけてまで働くべきではない」とし、物議を醸した。
「本来、子どもができたら自分勝手なことに使えるお金が減るのは当然なんです。(中略)ところが、いまの若い人は親と同居したくないし、収入が減るのも嫌だから、保育所に子どもを預けて働くのが当然というわけです。(中略)けれど、できるだけ長い時間、親は子どもと一緒にいるべきなんです」
 育児休業から復職する際にポストがなく、退職して専業主婦になった女性(39)は訴える。
「家庭にどっぷりつかり、私のすべては子育てです、と言い切れるならどんなに幸せか。そうは割り切れないからつらいんです」
 もともと働いていた外資系金融は、現場を1年離れただけで戦力外とされる。一度やめると保育園に入れづらく、3人の子どもを育てながらパートや在宅で働くのは難しかった。曽野さんは子育てが一段落してからまた働けばいいと言うが、10年超もブランクが空いた今は不安で仕方がない。
 息苦しいのは、個々の発言だけではない。そもそも、子育て支援を標榜しているはずの安倍政権の政策にも「違和感」は満載だ。大学講師の女性(40)はこんな印象を受けている。
「女性一人一人の生き方を尊重するというよりは、国のためにどう使っていこうかと考えているようにしか見えません」
 日本総研主任研究員の池本美香さんは、「子育て支援」「次世代育成支援」という言葉にひっかかりを覚えている。
「子育て世代は国の将来のために役に立っているので、困っているなら助けてあげましょうという思想が透けて見える。子育てが幸せで楽しいものとなるように政府が応援するというメッセージではないのです」

●良妻賢母? ごめんなさい、それ無理です!

 コピーライターの境治さんは今年1月、哺乳瓶にまち針を刺した写真とともに、
「赤ちゃんにきびしい国で 赤ちゃんが増えるはずがない。」
 というコピーをブログにアップした。フェイスブックなどで瞬く間に広まり、「いいね!」の数は16万を超えている。
「良妻賢母の幻想を女性たちに無理強いしてきたから子供が減った。『ごめんなさい、それ無理です』と女性たちが思っているのだ。そしてその押し付けは間違っているのだ」
 炎上する話題だとは分かっていた。ことさらに厳しい現実を取り上げることで、厳しさを助長してしまう懸念もあった。実際は批判的なことを言う人はごく一部なのに、ネットで話題になると、誰もが赤ちゃんに厳しいように受け止められかねない。そこで希望を託し、「赤ちゃんにやさしい国へ」というタイトルで発信を続けている。
 新幹線での子どもの泣き声をめぐって堀江さんとツイッターでやりとりをした病児保育のNPOフローレンス代表理事の駒崎弘樹さんも、子育て環境は変化するはずだ、と確信している。
「フィンランドが子育て先進国になったのはここ30年のこと。たった一世代分です。僕たちが変われば、僕らの子どもは楽になる。これは文化闘争ですが、決して勝ち目のない闘いではありません」
 声を上げる資格や権利は、誰にでもある。言論は子育てを阻むこともあれば、最大の味方になることもあるはずなのだ。

AERA  2014年4月21日号